羽柴(豊臣)秀吉による太田城水攻めからことしで430年の節目を迎えたのを記念し、和歌山市の太田城史跡顕彰保存会(秋月利昭会長)は5月31日、かつて太田城があったとされる同市太田周辺で「430年祭」を催し、子ども神輿(みこし)の練り歩きなどを行った。
太田城水攻めは、高松城(岡山県)、忍城(埼玉県)と並び、日本三大水攻めの一つに数えられる戦国時代の激戦。
天正13年(1585)3月、10万人ともいわれる秀吉軍の紀州攻めに抗して太田左近宗正ら約5000人が太田城に立てこもった。秀吉軍は総延長約7㌔の壮大な堤防を築いて城を囲み、水攻めを行った。約1カ月にわたる抵抗の末、左近ら約50人が自刃し、ついに降伏した。
練り歩きは、太田城本丸が位置した現在の来迎寺の東にある小山塚を出発し、JR和歌山駅東口周辺などを通る約1㌔で行われた。子ども神輿は太田、宮両小学校の児童らがかつぎ、同会と地元消防団、婦人会、自治会、PTAらを加えた総勢約150人が行列に参加した。
孫市の会の森下幸生会長らが甲冑(かっちゅう)姿で先導。水攻めの際、太田城から一人船を漕ぎ出し、槍を手に秀吉軍に突入したと伝えられる尼僧・朝比奈摩仙名(あさひな・ませんな)に扮した日進中学校1年の前田凜々子さん(12)と長尾知愛さん(12)が続いた。笛や太鼓、獅子舞も加わり、「わっしょい! わっしょい!」の元気な掛け声とともに神輿の列は進んだ。
汗ばむ陽気の中、行列は太田第2公園に到着。餅つきが行われ、つきたての餅が振る舞われた。
勇ましい女武者姿を披露した前田さんと長尾さんは「恥ずかしいけど堂々と歩きたい。摩仙名のことは、話を聞いて格好いいと思った」と笑顔。秋月会長(83)は「私たちの宝物である太田の歴史や文化を後世に伝えていくことが使命と思っている。今後のまちづくりを背負って立つ子どもたちがたくさん祭りに参加してくれてうれしい」と話していた。