京都市のライブハウス「拾得(じゅっとく)」で、ある和歌山市のフォークバンドがステージに上がった。5人組の「白川ひろみwith Friends」。ギターと歌を担当する白川洋さん(59)にとって、そこは2年半前に亡くなった妻、敦子さん(享年58)との思い出が詰まり、40年間あこがれ続けた場所。ライブは音楽仲間が背中を押して実現したものだった。
拾得は1973年創業の日本で最も歴史があるとされる人気のライブハウス。高校の同級生で、大学時代をともに京都で過ごした洋さんと敦子さんは交際中によく訪れ「こんな場所でいつかライブができたらいいな」と夢を語り合った。2人でグループを組んだこともあり、当時は主に敦子さんが歌、洋さんがギターを担当していた。
結婚後は2人のふるさとの和歌山市に戻り、洋さんは仕事の傍ら、30年近くロックやブルースの音楽活動を続けてきた。
敦子さんを病気で亡くしてからは音楽をする気になれずにいた中、昨年の夏、友人で同市北新にあるOLDTIMEのマスター、BOBBY松本さん(61)に「久しぶりに京都でライブがあるから来いよ」と誘われたのが、あの思い出の場所、拾得だった。
そこに立ってみると懐かしさがこみ上げ、「やっぱり音楽をやりたい」との思いを強くした。やるなら、学生時代に敦子さんが詞を書き、洋さんが曲をつけた作品をしたいと、十年来の友人、瀧益生さん(71)に相談。ベースに桂節さん(65)、ギターに佐藤正光さん(64)、サックスに佐々木智章さん(47)の、いずれもプロや第一線で活躍する面々が集まり、バンドが結成された。平均年齢61歳、ジャンルも違い、一緒に音楽をする機会もなかったが「とにかく白川さんの歌声が引き立つように」と練習で息を合わせてきたという。洋さん作詞、佐藤さん作曲の、前向きな思いを込めた「時は過ぎて」も出来上がった。
10月のライブ当日。「拾得に来たよ」――。洋さんは優しく敦子さんに声を掛けた。普段は胸のポケットに入れている敦子さんの写真を客席に置き、「お化粧」「小さな男の子の唄」など6曲を天国に届くように心を込めて歌い上げた。
白川さんは「40年思い続けた場所。しばらく余韻に浸っていたいと思うほど感動だった」と振り返る。「音楽も好き勝手やって、妻には迷惑を掛けた。せめてもの罪滅ぼしに、これからもずっと妻の曲を歌い続けていこうと思ってる」
ライブ後、敦子さんの写真は、いつもよりほほ笑んで見えた。